短歌
わたくしを中心にしてみづうみに波紋は生れる 暗緑の円こいびとと約束をしていた五時すぎにうすみずいろのコートを羽織る
屋上に星型バルーンそのなかに人ひとりいて跳びはねている
アパートの硝子に薄き紙の在り冬眠という字傾ぎはじめる冬眠を告げたる人のくすくすと眠り続ける朝日に扉を叩くよ〜、よ〜、と頬を抓れば目覚めるのか 全世界に忘れ去られて目覚めねば男は只の物体の集積である ぞんざいにするぞんざいに扱えど熱は与えられ…
切り取られ存へるもの六両の列車に葦は戦ぎつつ 昼びやうびやうと風渡る峪の空の上を真直ぐに歩む人の蹠爪先にて吊るされているあの山羊は私であったと覚えています首刈らば死ぬるだらうか? 向日葵の頭を支うる手に蟻が這う
髪の毛に指挿し込めば雪のごとか細き前歯のたち顕れる
流れ行く煙の先を窓越しに見送る夫は目玉焼きやく
仄暗き道にてすれちがう少年はでらうぇあのような眼を二つ持つ
みたものをそのままくずさずすくうすくうがそれは崩壊である
をゆびにていのちを奪うこれまでは腕を動かす虫で在りしものの 手の平を打ちならす冬「私はなかはらちゅうやを見たことがない」 この部屋は暫く雲につぶされるやがて蛇口の消えてゆくまで
まるまって卵のようになっている人をみている オカリナをふく
差換えてみよう 私の腕と君の腕を 蘭が咲きかけている 眦に渓流のある岩にあしをならべておれば落葉松である まつの木にあなうらをあてしばらくを岩のうえにて待ちておりたり 母さんの黒い日傘をさしながら水平線をするする渉る わたしたち吊り橋のうえ列を…
たえまなく水母に声をかけている夏の終わりの郵便局で
ふくまれているものたちをととのえる 凍りご飯の解けてゆくまで 君の待つ凍りご飯の食べごろは夜半であるよ すぐに食べなさい 自然に解けていって暑い部屋でほっといたら炊けたてみたいになっちゃって * * * 帆掛舟ありをりはべりいまそかり紋白蝶は菜の花の…
ビニールに閉じ込められてビニールの皺を見ている 温い水 さかな 手の平からこぼれたお菓子をちり紙で包んで食べるの母さん ひとりで
曇天に白き塔立ちをりぬ 人の芥の燃え上がりゆく
爪先で吊り下げられているような家鴨のようなわたくしのこと いいかげんなことばっかりをいっている入道雲をみないで、空で きりんからなみだをもらうぼくたちは遠くの野原でいっぱい殺す 彼女から奪いかえしてわたくしを黄色の小箱にぎうと押しこむ
加害者も、被害者もない くるくるとビニールホースを巻き取ってゆく 撒き水をする手のひらに滲む水 手は父ではない父は手でない
さようならと手を振る人の逃げ水に滲む踵をじっとみていた
てのひらのすんなりはいってゆきそうなマフラーを原からもらう春のはじまり みぎがわのあしは草亀ひだりがわのあしは銭亀と決めて散歩がしたいしたいよ散歩 台所に大きすぎるテーブル置いてからというもの 蛇と蛙に 暑いねとかわすこわねのひとひらのこぞの…
振りむけば人の遠のくころほろと水の沸きたつ路の真中で 白骨をうすく食みたる皮に指這わせれば父の啜り泣く声 昼 森に母の群れ立つ 象も亀もみんな死んでしまった夏の 菊花に閉じ込められている腿の間のあたりが無図痒くなる おっぱいのはねていることよろ…
恋人の淡い腰骨 ひふとひふ 剥して貼って剥して貼って
かうもりのうす紅色へと散らばりて逃げだすのはまづをとこのこから
透明の親指をやはく挿し込まれ耳底に雨の溜まりはじめる 桃色の舌の何処までも這入りこむ右耳の方を君に傾げる
子の顔の赤くぼうっと膨れるを両指を曲げて語り終えたり 地の底に子供の首の生えをるを刈りとる女跣で歩く 目に脂を溜めて女は膝崩す夏蝉やがて燦々と降る 森や川には叔父の飛ぶ影の 晴天 飛行機斜めに堕ちる 青聖母の瞼重たし乳含むひとの鼻梁のやわらかき…
きみの頸あたりの骨を舐めおえて、灰色 窓の雨を見上げる 高き橋つるつる渡る子どもらよ青空にはきっと驢馬も停まるよ 樹に耳を沿わせるように縋りたりおとこの腹のやわらかき音 蕎麦は蕎麦饂飩は饂飩と何時の間に憶えたのだろう 紫陽花を見る その翠色した…
麦酒飲んで駱駝の顔が伸びるやう 麒麟は暫し卓を廻れり
中空に口付けている 朝顔は避妊具に似てほとほとと咲く
さしすせそ 笛じみていてひとひらの雲のしっぽが口に入るか
くちびるに蛍のとまり昼ならばひかりを洞にじっくりと曳く
こいびとの柿を喰らいて去年から樹の上で待っていた人のよう